まさにプロレス黄金時代を象徴するツーショット。馬場と猪木は同じ日本プロレスに在籍していたのである。招聘外人がけっこうショボイがこの二人を観られるだけで充分だった。入門一年目の藤波の顔も。
猪木が抜けて坂口が入ってきた日本プロレス、このシリーズの呼び物はミル・マスカラスの実弟“竜巻仮面”エル・サイコデリコだったが、実力は兄と比べようもなくしょっぱい試合だった。気楽に書いてくれたサインもうず巻模様。
昭和57年に渋谷東急百貨店で開催された「ルネ・マグリット展」の図録。「大家族」「麗しい関係」(表紙の絵)などの有名な作品から、初期の頃のデッサンやエチュード(ラフスケッチ)まで全103点の図版を掲載。
日本プロレスを離脱したジャイアント馬場が昭和47年10月に旗揚げした全日本プロレス。日本人選手層の薄さを補うために日本人組に入ったザ・デストロイヤーに試合前のサイン会にてサインをもらう。鶴田友美(のちのジャンボ鶴田)の渡米修行レポートもあり。